Pearly Gates

...If heaven exists, what would you like to hear God say when you arrive at the Pearly Gates?

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いつ録ったものかはわかりませんが。
遅まきながら、「ハウルの動く城」を見ました。

世間での評判はイマイチだった気もしますが、個人的には好きです、こーゆーの。

戦争が結局なんだったのか、ハウルは結局なんだったのか。
確かによくわかんない部分も多かったですけどね。

ひとりひとりのキャラが生きていたので。
良かったです。

仕事の資料を見ながらでしたが。
良かったです。

さる協力会社さん1人に○投げしていた自分が悪いのですが、天才が作るものは、凡夫が理解するには荷が勝ちすぎることがよくあります。
自分が多忙を言い訳にちゃんと見てこなかったのが悪いのですが、何時の間にかかたちを成していたフレームワークは、自分の理解が及ばないほどの極地に到達していました。

その点、駿さんが創るものは、まだ私でも受け止められる範囲です。
さすがです。

以前ゲドを酷評した記憶はありますが、ゴローさんもそういった境地に到れるのでしょうか。
それとも、カツノリのごとく凡才の評に埋もれていくのでしょうか。


天才の系譜。
孤高でも困りますし、七光程度でも困ります。
カンボジア・スタディーツアーの報告会がありました。

上司の誘いで、同じ会に参加したのが1年ちょっと前のこと。
"なんとなく"以上の関心を持って、実際に参加したのが8ヶ月ほど前のこと。

当初は、スライドで見るだけでも重苦しい世界でした。
実際に現地を訪れてみると、そこにある現実は、自分が想像したことすらないものでした。

そして今日、昨年と同じような形式での報告会に参加した、第一印象は。
"軽い"。


発表をしてくれた人は、とても良かったと思います。
自分の生の言葉で、そこで感じたことを語ってくれました。

でも、自分が五感を通して体験してきた世界を、写真だけで見ても。
ゴミ山から出る有毒ガスを、その臭いを、その不快感を、1枚の絵で見ても。
正直、思い出すことは出来ませんでした。

報告会当初は、こう思ったんです。
「所詮写真や映像で知り得るのは世界の一部に過ぎず、いくら技術が発達しても、自分が皮膚感覚で感じた以上のことは伝えられない」と。


その一方、帰宅後に報告書に目を通していて、驚きました。
1人1人の文章から、そこで感じたものが伝わってくるのです。
執筆者の思いだけでなく、自分がそこで何を感じたのかということさえ、生々しく思い出されるのです。


この意外な事実について、いろいろ考えた挙句の結論としては。
写真が悪いわけではない。
活字が優れているわけでもない。

ただ、自分たちが使いこなせているメディア(人と人を繋ぐ媒介物)が、活字なのであると。
映像ではなく、言葉であると。
その中でも、思索の果てに紡ぎだされたものの力は大きいのだと。


冷静に考えてみると、写真の中でも、もの凄い説得力を持ったものがあります。
自分の眼で観る以上の臨場感を与えてくれるものもあります。
National Geographicとか、大好きですし。


ただ、私を含めた素人には、十分なrealityを持った写真を撮る技術はありません。
一方で、表現するまでに時間はかかるにせよ、自分の中で想いを咀嚼していけば、十分なrealityを持った文章を紡ぎ出すことはできるのだなと。

そう思ったわけです。


もちろん、ある程度以上の教育を受けていないと、コトバをちゃんと使いこなすのも難しいんでしょうけどね。
何はともあれ、ちょっとステキな発見でした。
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