Pearly Gates

...If heaven exists, what would you like to hear God say when you arrive at the Pearly Gates?

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岐阜の実家に居ても、暇なので。

小学生までの10年くらいを過ごした名古屋の某地域に、ふらふらと行ってきました。


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toicaとユリカ。鯱の名はハッチー。さすが名古屋…

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岐阜駅前で浮き立つ唯一の高層ビル。シュール…


全てが個人的記憶に収束する空間なので、述べ立てることも殆どないのですが。

15年ほど前に住んでいた土地。
今でも憶えている場所もあれば、行ってから思い出す場所もあったりして。

自分が昔住んでいたマンションは、そのままだったり。
友人が昔住んでいたはずの場所は、すっかり変わっていたり。

そして、風景は完全に変わっていたとしても。

お寺の参道のカレー屋の香りで、当時を思い出したり。
信号が青に変わったときの音で、当時を思い出したり。

視覚だけでなく、嗅覚や聴覚も記憶のうえでは大事なのだと。
深く感じ入りながら、2時間くらいほっつき歩いてました。

速攻前言撤回で、過去を振り返りまくっている自分。


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名古屋・覚王山の日泰寺にて。タイ国宝があるとは知りませんでした


夜は、学生時代の先輩と飲み。

名古屋駅周辺では20件近く断られ、安住の地を見つけるまで1時間以上かかりました。
人生初の体験です。


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手ブレ雪だるま


いたるところで遭遇する、飲み屋難民の群れ。

トヨタ様だけに限らず、景気いいんですね、名古屋。
世界の山ちゃんが横並びで休業しているせいじゃないですよね、名古屋。

この先輩との話も、順調なくらい、年々ディープになっていきます。
新年に賭けた勝負の結果が、今から楽しみです。

内容的には、win-winだとベストなのですけど。

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"良いお年を"。
年末の決まり文句ですが。

これは、"残り少ない今年を、心行くまで満喫してください"ということなのでしょうか。
それとも、"良い新年を迎えてください"ということなのでしょうか。

こういうのを考え出すと、"根堀り葉掘り"という言葉が意味不明だと一人でキレている、
ジョジョ第五部のギアッチョが憑依してきます。

この問の答えは、"良いお年を"と"意味"とかでググるとでてきます。
便利な世の中ですね、ウンウン。

後者が気になる奇特な方は、このページ内を"ギアッチョ"で検索してみてください。
荒木は最高ですね、ホント。


ハイ、閑話休題。

2007年。
当初の予想では、非常に充実した1年になるはずだったのですが。

蓋を開けてみると。
あーもー振り返るのもめんどくさい。

そんな感じです。

期待していたような仕事は全然降りてこず。
似たようなことを繰り返す日々。

今年は全然成長してないなぁと思っていたのですが。
昨日上司に見せられた自己評価シートの点数が、去年から一点も伸びていなかったので。

深層意識はわかってるんだなぁ、と苦笑していました。

自己評価とは裏腹に、幸い上からは評価してもらってるんですけどね。
周りが抜けた穴をちゃんと埋めた、というのは確かな事実なので。

成長の実感は無くても、やるべきことはやったのかなぁとも思ったり。
フォワードとして点は稼いでなくとも、ディフェンダーとして失点は防いだというか。

自分のできることが増えていない以上、釈然としないものは残るのですが。
まー終わったことですし、あまり深く考えないことにします。


来年は、早々から出張がありそうですし。
軽く死ねそうなスケジュールと、そのぶん楽しそうな仕事が待っていそうなので。

今度こそは、これらが現実になることを期待しつつ。
先のことだけ見据えて頑張ります。


ちょっと、気が早いかもしれませんが。
みなさんも、良いお年を。
2007年の、実質的な最終週に入りました。

昨日から、以前のチームの忘年会→夜間立会い→部署の忘年会→納会と、
無駄にハードなスケジュールです。

ちなみに、今月は会社関係だけで飲み会が6回もあります。
異常です。


閑話休題。

本日は夜間立会いの日なので、午前中は家でゆるりと年賀状をしたためておりました。
そして一通り印刷とコメント入れが終わり、見直していたところ。

ふと、"そういや、この人は結婚して住所が変わっているのでは"と気付きました。
以前受け取った結婚報告のハガキを見ると、確かに引っ越していました。

危ない危ないと思いつつ、せっかく印刷した宛名を修正液で消し、
拙い手書き文字で書き直していていたところ。

またまたふと、"同じパターンの人は他にもいるのでは"と気付きました。
洗い直してみると、確かに他にもいました。

しかも、たくさん。


結論として、強引ですが、この手のワナは次のように分類できることを発見しました。
  1. 結婚など住所変更に相応しい事由があるが、手元の住所DBの更新を怠っていた
  2. 引っ越したことは知っているが、新しい住所を聞いていない
  3. 今年の年賀状から知らぬ間に住所が変わっている
1番目は、私が悪いですね。
アップデートされていない情報が害悪になることは、重々承知しているはずなのですが。

2番目は、確信犯的に見切っています。
転送サービスを申請していれば、1年以内なら大丈夫なはずなので。

一番性質が悪いのは、3番目。
予想外に、実家の住所が変わっているケースすらありました。


で、何がまずいかと言うと。
私自身が、この3番目のパターンをやってしまっているのです。

今年受け取っていた年賀状を見返すと、7割程度が旧住所のまま。

よくよく考えたら、2年前の引っ越しについては、
とりたてて連絡も明記もしていなかったことに気付いてしまったわけですね。

このままだと、来年の年賀状の多くが、宛先不明で皆様の元に舞い戻ってしまいます。

今は川崎市民ですからねー。
区民ですからねー。

大和市民とかじゃないですからねー。


今さら遅いって?
返す言葉もございません…。

昨日は、クリパ@拙宅でした。
17人もの人数を何とか収容したので、"無駄に広い"という枕詞は返上できそうです。

この家に住み着いてから、約2年。
今まで飲み会は一度もしたことがなかったのですが、今月でいきなり2件。

重なるときは、重なるものです。


しかし、これだけの人数での宴会ともなると。
祭りのあとは、そこそこ凄惨なもので。

みなさんモラルの高い方だったので、ちゃんと後片付けはしてくださいましたが。

鎮座ましますゴミ袋の量は、かなりのものになってます。
意味不明に一升瓶サイズだったワインは、まだわずかながら残っています。
クイズ用の早押しボタンとか、サンタ帽とかが、床やソファに転がってたりもします。


ゴミ収集日が、週明けの25日と26日ということは。
ワタシは、このゴミたちとイブを過ごすことになるわけですね。

うーん、26年間の人生のなかで、一番シュールなイブになりそうです。

ま、自分も楽しかったですし、皆さんにも楽しんでいただけたようなので。
これまた良しとしておきますか。


あとやっぱり、料理ができる人は、かなり株が上がりますね。
男性→女性の目線に限らず、女性→男性でもそうなんでしょうけど。

後片付けは得意なんですけどね…作る方も、久しぶりに再開しようかなー。

この2年くらい、でしょうか。
頑張って髪を伸ばしていたのですが。

先週末、ばっさり切りました。

自分としては、それなりに思い切った行動だったんですけどね。

その日の飲み会に集った10人以上の友人は、全員ノーコメント。
会社に行っても、誰一人として何も言わず。

やっと今日、一週間の研修を終えて夕方からやって来た先輩が、気付いてくれました。
私の向かいの席の人は、それを聞いて「あ、そう言えば…」というリアクション。


やっぱりそんなものなんですね。
ま、自分も人の微妙な変化をどこまで捉えきれているかは、はなはだ怪しいですし。


とは言え。

日常会っている人は気付かなくても、先週末に4年ぶりにあった先輩は、
「何かカッコよくなったね」と言ってくれたり。

翌日に渋谷のLOFTで1年ぶりにばったり会った後輩は、
「髪型が変わっていたからわかりませんでした」と言ってくれたりしたので。

良しとしておきます。


そして何より。

上海遠足と忘年会ラッシュで増加気味の体重にも気付かれていないようなので。


やっぱり、良しとしておきます。

仕事の後のビールは最高です。
でも、休日の昼間から飲む一杯もまた格別なのです。

というパターンは、きっと、かなりの例外で。


達成感は、苦労や努力を重ねた結果に対してのみ得られるのだなぁと。
改めて実感しました。

合格発表日すら忘れていた、ある試験に受かっていたのですが。

なんか、取り立てて嬉しいということはなく。
達成感以前に、現実感すらなく。

「あ、受かってたんだ。ふ-ん、そうなんだ、それは良かったね」

どことなく、他人事なのです。
いまいち、釈然としないのです。

ぜーんぜん、勉強してませんでしたからねぇ…
試験前日に至っては、親の接待@浅草で、すき焼きと酒を堪能してましたからねぇ…


主客転倒も甚だしいですが。
次に合格した時には素直に喜べるように、今後はもう少し真剣に臨もうかなと。

そんなことを考えています。


あまのじゃく。


上海遠足、最終日。

帰りの飛行機が昼便だったので、観光するような時間もなかったのですが。
どうしても訪れておきたい場所があったのです。

柳浪聞鶯公園にある、日中不再戦の碑。

杭州市と、私の出身地である岐阜市が、姉妹都市であるらしく。
その繋がりで、岐阜市が建てた碑なのだそうです。

岐阜という土地に対しては、何の愛着も郷愁も無いものの。
平和記念碑という性質と相まって、一度観ておかないとなぁと思ってしまったわけです。

この街の土を再び踏むことも、もう無いかもしれませんしね。


観光に費やせる時間は何分かを計算しながら、荷物を担いでタクで公園へ。
幸い、碑はすぐに見つかりました。


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柳浪聞鶯公園にて。日中不再戦の碑


実際に足を運んでみると、不思議なもので。
この場所に来るために上海・杭州まで来たのかもしれないとか、勝手なことを思ったり。

碑に刻まれた当時の岐阜市長が、偶然私と同じ姓だったせいかもしれませんが…。


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柳浪聞鶯公園にて。ちなみにここも西湖十景だそうです


で、後は鉄道駅から空港までバスに乗り、帰途につきました。

凶悪にわかりづらいバス乗り場を探すのに苦労し、
厳粛な気持ちもあっという間に吹っ飛んでたんですけどね。


車中、これまた旅行とは全く無関係に、何故かここ1年のことを思い出してました。

当然ながら、楽しかったことも、そうでないこともあったわけですが。
今年も師走ともなると、先のことを考える方にシフトした方がいいんだろうなぁと。

漠然と、そんなことを考えてました。

ま、こういう時間も旅行ならでは、ですね。

週も明けて、月曜日。
現地駐在の友人は、もちろん職務復帰。

しかし、調子に乗った日本人2人は、この日も杭州まで遠出をします。
しかも、今度は現地一泊というオマケつきで。


本日も移動は新幹線ライクな鉄道。
車内ではラップトップで何かしている人がいたり、DSで遊んでいる人がいたり。

パッと見、日本と変わらないか、それ以上。

タッパーに入った果物を真剣に売りに来るあたりには、
中国ならではの空気が漂っていましたが。


杭州でのホテルの予約は、同行している友人に頼んでいたのですが。
印刷してもらってた地図が、まーったくの役立たずで。

しかも、手持ちのガイドブックには掲載されていないという悲惨な状況。

…。

本気で英語が通じない駅の案内所で、旅の恥は掻き捨てモードで説明して、
人の親切に助けられつつ、結局は何とかなったんですけどね。

観光よりも、こういうサバイバルを楽しみつつある2人。

それはそれでよいのですが。
自分の発案とは言え、何をしに中国、そして杭州まで来たのだか(笑)。


無事ホテルに着いて荷物を置いた後は、
河坊街という観光スポットで軽く食べ歩きっぽいことをして、西湖へ。

ほとんど何も考えずに来たのですが、とりあえずこの西湖という湖に、
いろいろ見所があるらしいのです。


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西湖十景、三潭印月。湖の中の島に、また池があるわけです

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西湖十景、断橋残雪。相変わらず名前がステキ


ここでは、ボートに乗って島の間を行き来した以外は、ひたすら歩きどおし。

街中に戻ろうにもタクシーが全然捕まらずに結局歩いたり、
お茶屋に入ったらあまりにも法外な値段に憤慨して出てきたり。

振り返ってみると、思い出はそんなんばっかです。
トラブルこそが旅の醍醐味だと思っている人間としては、全然構わないのですけど。


晩餐は、比較的安めの地元レストランで。
店員さんお勧めのローカルビールは、ちょっと薄味でした。

そして、食事周りの中国語は割とちゃんと覚えている自分。
かつての中国出張で身についたのは、こんなんばっかだったんですね…。

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ろーかるびあ

さすがにバーに行くような気力も体力も無く、その後はデパートで適当にビールを買い、
ホテルでNHKを見ながらぐだぐだ。


大学1回生の頃からの友人だと、ほぼ10年来のつきあい。
自分たちもそんな年なんだと、妙にしみじみした気持ちでしたさ。

この日は、現地駐在の友人が用事があったため、昨日合流した友人と2人で行動。
とりあえずいろいろなところに行きたがる私の希望により、蘇州へ。

友人は、日英仏に加えてルーマニア語を操り。
私も、一応英語は何とでもなる人間なのですが。

ここは中国。
日本同様、外国語はほぼ通じません。

私のカタコトちゃいにーずが旅の切札なわけです。
上海まで持参していた中国語会話のテキストは、ホテルに置き去りだったわけですが…。


新幹線を髣髴とさせる高速鉄道に乗ること40分。
蘇州は意外なほどに近かったです。

この地での最初の任務は、帰りのチケットの時間変更。
日帰りで上海に戻った後、現地の友人と余裕を持って落ち合うためです。

とは言え、私にそんな高度な中国語が使えるわけもありません。
そこで、苦肉の策として採用したのが。

最初に中国語で"貴方は英語か日本語は話せますか?"とだけ聞き、
自分は中国語が喋れないことをアピールするという戦略(笑)。

適切な動きを分かっていなかったので、3つの窓口を回るハメにはなりましたが、
幸運にも英→英→日の順でコミュニケーションが成立し、無事に任務終了。

これだけでクタクタになりましたが、最初の一歩の重要さがよくわかりました。


その後に向かったのが、世界遺産にも指定されている、拙政園という明代の庭園。
ま、蘇州には世界遺産な庭園が10近くあるんですけどね…。

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拙政園にて。この名前、好きです

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拙政園にて。やなぎ


池と石とお堂に彩られた、とてもキレイな庭園でした。

しかし、昨日も豫園に行ってますし。
こんなことを言っては身も蓋もないのですが、庭園シリーズは割と食傷気味。


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ピーナッツアイスクリームワッフル…塩味落花生とアイスのコンボとは…これも満腹


というわけで、友人お勧めの盤門という城門を見に行くことに。

世界遺産の指定は受けていないものの、歴史のわからない私には、
豫園や拙政園より楽しめる場所でした。

城門があるし。
池には大量の鯉がいるし。
ボートに乗ったらおばちゃんの謡が聞けるし。

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盤門にて。何故か滝まであるし

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盤門にて。鯉の集合写真はエグいほどなので自主規制


続いて訪れたのが、山塘街。

大通りを挟んだ南東側が、古い家並みを活かした観光者向けのエリアで。
北西側には、逆にいかにも現地の人向けの商店が並んでいるのですが。

個人的には、北西側の素朴さと猥雑さに惚れました。
友人曰く、"(ストIIの)春麗ステージみたい"。

ある意味、刷り込まれたイメージどおりの中国だったわけですね。

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こちらは南東側。水と空がもう少し美しければ…


ま、これだけ歩けば足もクタクタになるわけで。

最後は繁華街に出て、立ち並ぶブランドショップに蘇州という街の大きさを思い知り、
往路とは打って変わった二等列車で上海へ帰投。


明日から仕事だというのに、現地の友人は食事にバーにと、最後まで付き合ってくれました。
ホント、良い店知ってます。

彼が日本に戻ったら、しっかりお返しをしないと。

前日が前日だったので、遅めの行動。
この日から合流する別の友人の希望にあわせ、ホテルを移動。

で、その後も微妙な余り時間もひよって休憩などすることなく、魯迅公園へ。
現地の友人も初めてということでしたが、訪れた甲斐のある場所でした。

文学も世界史も真面目に勉強していないので、この人物については全くの無知なのですが。

没後五十年の写真とか、生誕百年の写真とか、生誕百十年の写真とか。
意味不明に小刻みなお祝いに、中国人民からの愛され度を実感しました。

後学のためにと、"阿Q正伝"を中英版で購入。

中英日のtrilingual版があればベストだったのですが…。
それなら中英版と中日版を買えっていう話なんですけどね。


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紅葉@上海


その後、もう一人の友人と合流し、上海老街と豫園へ。
昨日も流れ着いていたのですが、まぁ豫園の庭園には入っていなかったし、ということで。

豫園は、四世紀以上前の田舎官僚の私邸とは思えぬ立派さでした。

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コイン裏の脱脂綿で表面張力ギリギリまで酒を注ぐくらいショボい仕掛けですが…

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豫園にて。太湖石は、旅行中いたるところで見かけることに

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豫園にて。基本はこういった庭園です


花茶で一服して、外灘を軽く散歩した後。
いよいよメインイベント、上海蟹を堪能しに現地友人お勧めのレストランへ。

変な話ですが、接待(?)されながら、自分も頑張らなきゃと思いました。

彼はウェイターさんと中国語で妙に意気投合していましたし、
食事もお酒もナイスコーディネートでしたし。

特に後者は、自分にはまだまだ足りていないスキルですので、ね。

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上海蟹。紹興酒の甲羅酒は4杯くらいいったような…


夜の外灘を散歩し直して、フェリーで対岸へ。
で、駆けつけ三杯のごとく、アイスバーで軽く一杯。

この場に揃った日本人3人ともが酒好きという時点で仕方無いですね…。

さすがに人工の氷点下ですが、これは日本でも未体験の世界。
何となく、ウォッカを飲みつづけるRussianの気持ちがわかりました。


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著者近影(苦笑)


最後は、シャングリラホテルのバーにて、対岸の灯りを眺めながらお酒をいただきました。
これだけ対象物と距離感の無い夜景は、初めてです。

日本ではまずありえない、酔いどれライフ2日目でした。


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どうしてもガラスの映りこみが…

というわけで、本日から上海。
でも、9:10発の飛行機の割には、普段どおりの起床時間。

何故なら、今年9月に就航したばかりの羽田⇔虹橋チャーター便を利用しているから。
ビバ羽田。

ソウルに行った時にも感じましたけど。
特にフライトが2,3時間なら、空港までの移動時間も1時間程度にしたいものです。

首都圏に住んでいるだけまだマシなのでしょうが、成田は遠いですからねぇ…。


で、ビール片手に映画"Transformers"を観ていたら、いつの間にか上海到着。

とりあえずホテルに向かおうとタクシー乗り場に向かうと、さっそく長蛇の列。

タバコを吸うにもルールなんてあったもんじゃなく、受動喫煙の害を訴えたくなったり。
列の並びにもルールなんてあったもんじゃなく、日式公徳心を語りたくなったり。

後ろに並んでた日本人が、某ア○センチュアの人だったり。
北京ではどうだとか、大連ではどうだとかという話をしていたり。

全てをひっくるめて、やっぱりここは中国だと実感。
もちろん、こうだから好きなんですけどね☆


ホテルの英語名がタクの運ちゃんには通じないものの、適当な中国語と筆談でカバー。
えぇ、現地在住の友人と落ち合うまでは、自分で何とかせねばならない身分ですので。


で、チェックインしてからは。
約束の時間まで5時間以上あったので、ひたすら歩き回ってました。

観光名所的な場所も、そうでない場所も含め、ただ歩き回っていました。

アテネやダブリンでこんなけ歩いたら、それなりに観て回れるんですけどね。
さすが大陸、街一つとってもだだっ広いです。


20071205_1.jpg
浦東地区、下午。珍妙な尖塔はテレビ塔らしいです

メインストリートの南京西路・東路、外灘、豫園。
後で合流した友人に、"明日どこ行こっか…"と言われるほど、ただ踏破してました。

いろんなローカルのコンビニを見たり。
少年ギャング団(?)が近づいて一目散に逃げ出す露店を目撃したり。
罵詈雑言の意味はわからずとも、街頭での物売り同士の喧嘩に出くわしたり。

自分としては、いい勉強になった時間だったわけですが。


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金龍な観光船

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浦東地区、夜景。フェリーは捉えきれませんでした

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外灘にて。敢えて歴史的建造物は避けつつ


そろそろ足も限界というタイミングで、待合わせ場所に向かったところ。
満員状態の地下鉄中で、友人から"仕事で遅れます"電話が。

しゃーないですね、こればっかりは。
世界統一価格のスタバで抹茶ラテを飲みながら、観光情報を読み直してました。

で、1時間後。
無事に友人と再会を果たし、まずは自分の希望で四川料理屋へ。

美味しかったです…。
多少残すのが礼儀という、中国流が恨めしかったです…。

話の内容と接待能力の向上具合に、商社マンの生き様を見せてもらいました。


食欲が満ち足りた後は、上海の若者に人気のエリア、"新天地"へ。
クリスマス前の六本木を想起させるライトアップと、やたら高い白人比率。

物価も先進国首都水準でしたが、ついつい雑貨なんかを買い漁っている自分。

北京でも似たようなエリアには行ったことがありますが、
地域の差なのか時間の差なのか、洗練度には正直大きな差がありました…。


租界地時代のカオリを残すIrish Barで飲んだ後、友人宅へ。

話を聞いていると、"自分は自己主張できるSEで良かった"と思うのですが。

一方、上海駐在でこれほどの家に住んでいると聞くと、
"商社勤務ももうちょっと考えれば良かったのかなぁ"と思ったり。

友人が雲南旅行でゲットしたヤクジャーキーをツマミに、
バカラグラスに注がれた山崎を堪能していました。


20071205_5.jpg
許諾を得て初公開。思わず溜息が出る家でした


で、結局ホテルに戻ったのが午前3時頃。
上海酔っ払いライフの始まりです。

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