Pearly Gates

...If heaven exists, what would you like to hear God say when you arrive at the Pearly Gates?

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二度寝、三度寝を繰り返しながら…起きた時間は忘れました。
ただ、周りの住人たちはまだみんな寝ていました。

気にせず、そして音を立てないように外出。

今日はこれからどうするか、アテネへの船便はどうするか、意外に減った現金をどうするか。
旅戦略を練りながら、早朝の街中をぷらぷら。

ハイ、街歩きが趣味なのです。


20071007_1.jpg
朝ご飯。ホウレンソウの入ったパイです


"担当者がいないから15分後に来て"と言われた旅行会社との口約束はすっぽかし、
さしあたりアテネへの船便だけは確保し、ホステルへ帰還。

予想通り、他の住民はみんな仲良しさん同士でした。
一晩に2組、計4人しか泊まらないホステル…ま、時期が時期なんでしょうね。


チェックアウト間際に出発し、向かった先はクノッソス宮殿跡。
半人半牛の怪物、ミノタウロスが閉じ込められたという伝説の残る地です。

ちなみに、"ロウで固めた鳥の羽"で有名なイカロスくんは、
この宮殿を設計したダイダロスさんの息子さんです。

ミノタウロス退治の片棒を担いだ罪で父子ともども幽閉され、
逃亡をこころみるも調子に乗った少年は…という筋書きだそうです。


それはそれとして。
この宮殿へ向かうバスが、すっごい混んでやんの。

この段になって、やっと実感しました。
ギリシャは、ヨーロッパの皆さんにとっての観光地だということを。

東アジア人はいなくとも、大欧州なtouristはいっぱいだったわけです。


さらに、それはそれとして。
私をクレタ島へと呼び寄せたこの宮殿は、ハッキリ言って廃墟でした。

仏語だか独語だか伊語だかわからないガイドの声を無視して心を澄ませば、
往年の栄華をたたえた宮殿が脳裏に浮かぶのですが。

ややもすれば、何のロマンも感じずに終わってしまいそうな場所。

ま、私は3時間粘って、精一杯想像力を駆使してきましたけどね。


20071007_2.jpg
ミノタウロスな絵


街に戻ったらもう結構な時間だったので、
まず15時には閉まってしまうという戦争博物館へ。

客、他にはゼロ。
館員、客を無視して電話でがなりっぱなし。
展示、ほとんどギリシャ語ばかり。

…しゅーりょー。


20071007_3.jpg
ギリシャにもあったんだと


気を取り直して、大通りに面したカフェで昼食。

Stuffed Tomatoという、トマトやピーマンの中に味付けした米を詰め込んだ料理。
トマト好きにはたまらない一品です。

お店のサービス方針なのか、お客さんがどこから来たのか聞いて、
その国の言葉で挨拶していたのがちょっと面白かったです。

挨拶程度なら、仏とか独とか伊とか露とかが、私にも区別がつくので…
あぁやっぱりいろんなとこから来てるんだなぁと。


20071007_4.jpg
昼からビールは基本です。本の左には既に空になったジョッキが(笑)


おなかもくちくなったところで…持て余したのが時間。
これから足を運びたいのは、現在改装中の考古学博物館のみ。

街中は十分歩いたし、フェリーは夜便だし…。

結局取った行動が、「公園で昼寝」。

シェスタですよ、シェスタ。
ここのところ歩き詰めでしたし、旅行者にも休養が必要なのですよ。

どこの浮浪者か異常者だと自分で思いながらも、2時間ほどベンチで昼寝。
うーん、旅の恥は掻き捨てですな。

ってか、こんなこと日本でもしたことないような。

実際問題疲労はたまってましたし、木陰に吹く風は非常に心地良く、
とても快適なお昼寝タイムだったわけですが。


んで、考古学博物館。
改装工事の真っ只中ということで、一部の名品のみの展示。

最初は寂しいかなと思ったものの、見るポイントが絞られて逆に良かったです。

展示物の説明書きを逐一読んでいくと結構疲れるので、
数が少ない方が集中力は長続きするということで。

昼間の戦争博物館に続き、ここで実感したギリシャのもう1つの顔が、
公務員的サービス業な人たちのやる気の無さ。

館員がずーっとおしゃべりしたり、携帯で何かしてたり、
閉館間際になるとソワソワしだしたり。

まー、別にいいんすけどね。
わからない言葉で何を話されても、BGMと変わりませんから。


20071007_5.jpg
何となくお気に入り


街中で夕食用のパンを買出し、夜もとっぷり暮れた頃にフェリー乗り場へ。

ここで私が変なおっちゃんに絡まれたのがきっかけで知り合ったのが、
マルタに留学中という日本人女性。

ほんとに、一昔前は海外まで来て日本語を使うのはキライだったんですけどね。
我ながら丸くなったものです。

でまぁ、話を聞いているとこれがまた面白くて。

失礼ながら"ヤルタに始まりマルタに終わる"以外全く印象の無い国ですが、
英語留学の地としては、欧州ではかなりメジャーだとのこと。

英国みたいな高物価でも米国みたいな遠距離でもないというのが、人気の秘訣とのこと。

とは言え、東欧やトルコあたりから留学に来る人は、富豪のご子息が多いらしく。
ステキな友人がたくさんできるとのこと。

なるほどなぁ、という感じでした。


ちなみに、アテネまで9時間ほどの夜行フェリーだったのですが、
ベッドつきのキャビンなんてひよった真似はせず、椅子寝りの4等座席。

後々さらにギリシャについて気づかされることの伏線になるのですが、
このcheapestな空間にいたのは、ほとんどがインド的南アジアな人たち。

もーね、うるさいのなんのって(笑)。
テレビのチャンネルを変えまくって騒ぐわ、仲間同士で集まって騒ぐわ。


20071007_6.jpg
夜半には凄惨な光景が


ちなみに、夜中に目が覚めたときに、ふとデッキに出てみたら。
旅慣れた白人系な人たちは、寝袋にくるまってデッキのベンチで寝ていました。

いやホント、なるほどなぁ…。
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