Pearly Gates

...If heaven exists, what would you like to hear God say when you arrive at the Pearly Gates?

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この一週間、毎日米国とテレビ会議やら電話会議やらをしていました。
精神磨耗が激しい日々でした。

金曜日にいたっては、午前中からテレビ会議が1時間、電話会議が3時間。
ちなみに、3時間のうち自分の発言は1%以下。

あんまり横道に逸れないで欲しいんだけどなー、アメリカ人。
ネイティブじゃ無い人間のキツさをわかって欲しいんだけどなー、アメリカ人。


電話会議って今までやったことなかったんですけど、すっごくツラいです。
出張して対面で打ち合わせをするほうが、遥かにラクです。

ただでさえ、電話は相手の顔が見えないのに。
向こうも4人くらいの参加者が、バラバラの拠点から参加しているようで。

誰が誰に対して発言しているのか、さっぱりわからないのです。

ちゃんとしたホスト役がいて、私が回答すべき場合は呼びかけてくれるので、
なんとか形にはなったわけですけど。


ちなみにこの電話会議、なかには自宅から参加している人もいるようで。

たぶん、夕方あたりで仕事を切り上げて、家事を済ませた後、
ちょいと一仕事、っていう感じなんでしょう。

家庭を顧みない傾向が強い日本では、あまり普及していない気もしますけどね。


で、疲れはするものの、仕事で英語を使えること自体は嬉しいのですが。
自分にとって英語って何だろうなぁと、最近考えています。

よく"趣味"の欄に"語学"とかってあって、私もテキトーにチェックをつけたりしますけど。
どうも、そういうのとは違っていて。

勉強すると疲れますし、そもそも積極的に毎日取り組みたい、っていうわけでもないですし。
むしろ、必要に迫られないと勉強できません。

洋書を読むとか、洋画を字幕無しで観るとか、海外に旅行するとか。
そういうアメ要素がないと、決して楽しめないわけです。

同じ勉強でも、(昔は)プログラミングの勉強とかは全然苦じゃなかったのに。


実際のところ、趣味というよりは、目標に近いんでしょうね。
あるいは、修行とか、鍛錬とか。

世間一般で言うダイエットと、同じような感覚かもしれません。
それ自体は楽しみではなくても、その先のなりたい自分を目指して頑張る、みたいな。

"英語が上手だね"というお世辞を、言われないようになりたいのです。
アメリカ人やインド人に囲まれても、いたってフツーに会話や議論をしていたいのです。


これだけ英語自体が自己目的化している人間も、珍しいでしょう。
社会的実用性が高いスキルなので、決して悪くは無いと思いますけどね。

巷で話題独占中の、ギョーザ問題。

冷凍食品の売上げ急減に続き、中国産野菜の値下がり、つられて国産野菜の値上がりと。
徐々に、影響が拡大してきているようです。

個人的には、この話題はあまり好きではありませんでした。

自称親中派というのを差し引いても。
中国の存在抜きでは、今の日本は立ち行かないと思っているので。

軽い調子で発せられる、"だから中国は危ない"という言葉を聞くのがイヤなのです。


一方で、依然捜査中ではあるものの、人為的な混入の線が濃厚であると耳にして。
ふと、思いました。

何か、9.11と似ているのかもなぁと。
意図したところかどうかはさておき、グローバル化に対する逆流であるという意味で。


2001年のあのテロが、何を最大の目的としたかはわかりませんが。
結果的に、飛行機に乗るのが面倒になり、米国移住のハードルが上がったのは事実です。

今回の事件も、中日友好進展を快く思わない人間の仕業では、という説があるようで。
もしそうであったとした場合、このまま日本国民の反応がエスカレートしていくと。

日中間の断絶どころか、グローバル化に対する逆流現象として、
鎖国化や近代経済の否定にまで繋がったりしないかなぁと。

意図された以上の効果が起こってしまうのではないかなぁと。

そんなことを思ったわけです。


今回の話は極論すれば、外国だけでなく、
顔の見えない人間全てとの繋がりを否定しかねないものなので。

突飛な逆流現象にまでは発展しないと思いますけど。

5日間仕事をしてみて、わかりました。
悪いのは自分だけじゃないと(笑)。

今回は、4社ぐらいの方々と、入れ替わり立ち替わりで打ち合わせばかり。
私と私の上司以外、日本語を話せる人はいませんでした。

当然、公用語は英語になります。
私の上司は、英語はあまり得意ではありません。

なので、私は通訳という役目を仰せつかっていたのですが。
初日から三日目くらいまでは、諸事情により"聞く"のがメインの場だったので。

通訳をする"間"が、どこにも存在していなかったのです。

同時通訳なんてできるわけがありませんし、
相手が適宜発言を切ってくれないと、逐次通訳も叶いません。

やはり諸事情により、"通訳する時間をくれ"と言える立場でもなかったので。

二日目からは、私が耳に入った内容をそのままPCに打ち込んで、
上司は横から画面を覗いているという、奇妙な構図で落ち着きました。


やはり発言を100%聞き取れるわけではありませんし、
日→英の翻訳は苦手なままではあるのですが。

四日目以降の、自分たちが質問をしたりされたりする場では。
通訳のみに徹しさえすれば、それなりに何とかなることがわかりました。

本当は、通訳をしつつ自分も議論をしないとダメな身分だったのですが、
現時点ではちょっと無理みたいです。


所詮ネイティブとは程遠いので、英語で聞くにも話すにも、
相当の集中力を要するわけで。

マニアックな喩え方をすると、L3スイッチでなくてルータ、みたいな。

専用チップではなくCPUで英語パケットを処理するので、
脳のリソースが逼迫し、考える余裕が無くなってしまうのです。

本当にできる人だと、自分の仕事をしながら、
右から入った英語や中国語を、日本語に変換して左に流せると聞きます。

そこまでは無理としても、もうちょっと頑張らないと。


そんなこんなで"time flies"、明朝に当地を発つわけですが。

ホテルを出るのが土曜日の午前6時前で、家に着くのが日曜の午後7時頃。
私の週末はどこに消し飛ばされるのでしょうか。

もちろん、月曜日からがっつりお仕事。
米国人全員から同情されましたさ。

往路は日曜夕方に出て日曜夕方に着いているため、
本当はgainとloseはちゃんとバランスしているのですが。

どうにも釈然としません。


初日から見事に撃沈しました。
仕事の議論で通訳をする余裕は、ゼロということが判明。

もともとネイティブ同士の会話になると、理解できないことは多々あるんですけどね。
さらに反論を考えたり、翻訳して他人に伝えるなんて、とてもとても。


学生の頃は、"留学しなくても英語は習得できる"と信じていたのですが。
"1年くらい遠回りしても良かったのかなぁ"と、今頃になって痛感しています。

中途半端なダメさ具合ではなかったのが、せめてもの救いです。
あっさり底まで堕ちただけに、後はいかにして見返すかを考えるだけなので。


プロジェクトが終わる頃までには、対等に張り合えるようになってやる。
負けたままじゃ終わりませんよ、日本人は(笑)。
やーっと、今年度初の出張が決まりました。
来週です。

年明けから出張自体はほぼ決まってて、確定してなかっただけなんですけどね。

ほんの1週間だけというのが、残念ですが。
1年ぶりに、米国本土に行って来ます。


そんな状況だったので、年始から忙しめです。
たぶん、これからも暫らくそんな感じです。

でも、出張が確定的になってから、本当にテンションあげあげな自分。
久しぶりに、仕事が楽しいです。

ちょっと前まで、どれだけ寝ても眠かったのに。
もう少し、自分で自分を思うとおりにできればいいんですけどね。


ちなみに、今回の役目はSE兼通訳。

通訳を務めきる自信は全くないのですが、自分以外にいないのも事実ですし。
できないとばかり言ってたら、何時まで経ってもできるようにはならないでしょうし。

やるだけやってみます。
練習台になる方には恐縮しきりなわけですが。


さーて、明日も頑張ろっと。
明けましておめでとうございます。
三が日も過ぎたところで、ようやく初日記です。

本当は、昨日もあれだこれだと文章を書いていたのですが。
ブログサービスが奇天烈な動作をして記事が消失したので、放棄して寝た次第です。


本日は仕事始め。

自分は、フツーに1日仕事をするつもりでした。
でも、周りの皆さんは、午前中から酒を煽り、昼くらいからポツポツと消え始めやがります。

私は、それでも1人残り、しっかり仕事をしていました。
アルコールもしっかり摂取した後で、ですけどね。

しかし、どこを飲み歩いていたのだが、夕方頃に戻ってきた後輩が。
"働いている上司を置いて帰るわけにはいかない"などと寝言を吐きやがります。

というわけで、仕方無く日が明るいうちに帰宅しました。


この会社に入って5年目ですが、今までは仕事始めの日も、みんな働いていました。
理由は簡単で、正月休みは日本にしか無いからです。

アメリカは感謝祭やクリスマスがあり、東・東南アジア圏は旧正月がありますが、
一方で私の知る限り、年末年始に大型休暇があるのは日本だけです。

去年までは、他の国を向いて仕事をしている人が他にもいたのですが。
今年は、直接海外とコンタクトを取っているのは私だけ。

私自身は同じ部署にいるのに、他の人がほぼ全員入れ替わったために、
組織文化も変わってしまったようです。

ふぅ。

…日本もこの際、旧正月を祝うようにすればいいのに。

中国の会社と仕事をする時とか、やりづらいものなんですよね、実際。
お互いの休みがずれているぶんだけ、空白が生まれてしまうので。


そんな正月の週末は、ヒマなのでセールにでも行こうと思っていたのですが。
年末年始でがっつり太った今の体形では、服を買うべきでないことに気がつきました。

目標、今月で2kg減。
頑張らないとなー。


正月に、思ふ。
上海遠足、最終日。

帰りの飛行機が昼便だったので、観光するような時間もなかったのですが。
どうしても訪れておきたい場所があったのです。

柳浪聞鶯公園にある、日中不再戦の碑。

杭州市と、私の出身地である岐阜市が、姉妹都市であるらしく。
その繋がりで、岐阜市が建てた碑なのだそうです。

岐阜という土地に対しては、何の愛着も郷愁も無いものの。
平和記念碑という性質と相まって、一度観ておかないとなぁと思ってしまったわけです。

この街の土を再び踏むことも、もう無いかもしれませんしね。


観光に費やせる時間は何分かを計算しながら、荷物を担いでタクで公園へ。
幸い、碑はすぐに見つかりました。


20071217_1.jpg
柳浪聞鶯公園にて。日中不再戦の碑


実際に足を運んでみると、不思議なもので。
この場所に来るために上海・杭州まで来たのかもしれないとか、勝手なことを思ったり。

碑に刻まれた当時の岐阜市長が、偶然私と同じ姓だったせいかもしれませんが…。


20071217_2.jpg
柳浪聞鶯公園にて。ちなみにここも西湖十景だそうです


で、後は鉄道駅から空港までバスに乗り、帰途につきました。

凶悪にわかりづらいバス乗り場を探すのに苦労し、
厳粛な気持ちもあっという間に吹っ飛んでたんですけどね。


車中、これまた旅行とは全く無関係に、何故かここ1年のことを思い出してました。

当然ながら、楽しかったことも、そうでないこともあったわけですが。
今年も師走ともなると、先のことを考える方にシフトした方がいいんだろうなぁと。

漠然と、そんなことを考えてました。

ま、こういう時間も旅行ならでは、ですね。

週も明けて、月曜日。
現地駐在の友人は、もちろん職務復帰。

しかし、調子に乗った日本人2人は、この日も杭州まで遠出をします。
しかも、今度は現地一泊というオマケつきで。


本日も移動は新幹線ライクな鉄道。
車内ではラップトップで何かしている人がいたり、DSで遊んでいる人がいたり。

パッと見、日本と変わらないか、それ以上。

タッパーに入った果物を真剣に売りに来るあたりには、
中国ならではの空気が漂っていましたが。


杭州でのホテルの予約は、同行している友人に頼んでいたのですが。
印刷してもらってた地図が、まーったくの役立たずで。

しかも、手持ちのガイドブックには掲載されていないという悲惨な状況。

…。

本気で英語が通じない駅の案内所で、旅の恥は掻き捨てモードで説明して、
人の親切に助けられつつ、結局は何とかなったんですけどね。

観光よりも、こういうサバイバルを楽しみつつある2人。

それはそれでよいのですが。
自分の発案とは言え、何をしに中国、そして杭州まで来たのだか(笑)。


無事ホテルに着いて荷物を置いた後は、
河坊街という観光スポットで軽く食べ歩きっぽいことをして、西湖へ。

ほとんど何も考えずに来たのですが、とりあえずこの西湖という湖に、
いろいろ見所があるらしいのです。


20071215_1.jpg
西湖十景、三潭印月。湖の中の島に、また池があるわけです

20071215_2.jpg
西湖十景、断橋残雪。相変わらず名前がステキ


ここでは、ボートに乗って島の間を行き来した以外は、ひたすら歩きどおし。

街中に戻ろうにもタクシーが全然捕まらずに結局歩いたり、
お茶屋に入ったらあまりにも法外な値段に憤慨して出てきたり。

振り返ってみると、思い出はそんなんばっかです。
トラブルこそが旅の醍醐味だと思っている人間としては、全然構わないのですけど。


晩餐は、比較的安めの地元レストランで。
店員さんお勧めのローカルビールは、ちょっと薄味でした。

そして、食事周りの中国語は割とちゃんと覚えている自分。
かつての中国出張で身についたのは、こんなんばっかだったんですね…。

20071215_3.jpg
ろーかるびあ

さすがにバーに行くような気力も体力も無く、その後はデパートで適当にビールを買い、
ホテルでNHKを見ながらぐだぐだ。


大学1回生の頃からの友人だと、ほぼ10年来のつきあい。
自分たちもそんな年なんだと、妙にしみじみした気持ちでしたさ。

この日は、現地駐在の友人が用事があったため、昨日合流した友人と2人で行動。
とりあえずいろいろなところに行きたがる私の希望により、蘇州へ。

友人は、日英仏に加えてルーマニア語を操り。
私も、一応英語は何とでもなる人間なのですが。

ここは中国。
日本同様、外国語はほぼ通じません。

私のカタコトちゃいにーずが旅の切札なわけです。
上海まで持参していた中国語会話のテキストは、ホテルに置き去りだったわけですが…。


新幹線を髣髴とさせる高速鉄道に乗ること40分。
蘇州は意外なほどに近かったです。

この地での最初の任務は、帰りのチケットの時間変更。
日帰りで上海に戻った後、現地の友人と余裕を持って落ち合うためです。

とは言え、私にそんな高度な中国語が使えるわけもありません。
そこで、苦肉の策として採用したのが。

最初に中国語で"貴方は英語か日本語は話せますか?"とだけ聞き、
自分は中国語が喋れないことをアピールするという戦略(笑)。

適切な動きを分かっていなかったので、3つの窓口を回るハメにはなりましたが、
幸運にも英→英→日の順でコミュニケーションが成立し、無事に任務終了。

これだけでクタクタになりましたが、最初の一歩の重要さがよくわかりました。


その後に向かったのが、世界遺産にも指定されている、拙政園という明代の庭園。
ま、蘇州には世界遺産な庭園が10近くあるんですけどね…。

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拙政園にて。この名前、好きです

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拙政園にて。やなぎ


池と石とお堂に彩られた、とてもキレイな庭園でした。

しかし、昨日も豫園に行ってますし。
こんなことを言っては身も蓋もないのですが、庭園シリーズは割と食傷気味。


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ピーナッツアイスクリームワッフル…塩味落花生とアイスのコンボとは…これも満腹


というわけで、友人お勧めの盤門という城門を見に行くことに。

世界遺産の指定は受けていないものの、歴史のわからない私には、
豫園や拙政園より楽しめる場所でした。

城門があるし。
池には大量の鯉がいるし。
ボートに乗ったらおばちゃんの謡が聞けるし。

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盤門にて。何故か滝まであるし

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盤門にて。鯉の集合写真はエグいほどなので自主規制


続いて訪れたのが、山塘街。

大通りを挟んだ南東側が、古い家並みを活かした観光者向けのエリアで。
北西側には、逆にいかにも現地の人向けの商店が並んでいるのですが。

個人的には、北西側の素朴さと猥雑さに惚れました。
友人曰く、"(ストIIの)春麗ステージみたい"。

ある意味、刷り込まれたイメージどおりの中国だったわけですね。

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こちらは南東側。水と空がもう少し美しければ…


ま、これだけ歩けば足もクタクタになるわけで。

最後は繁華街に出て、立ち並ぶブランドショップに蘇州という街の大きさを思い知り、
往路とは打って変わった二等列車で上海へ帰投。


明日から仕事だというのに、現地の友人は食事にバーにと、最後まで付き合ってくれました。
ホント、良い店知ってます。

彼が日本に戻ったら、しっかりお返しをしないと。

前日が前日だったので、遅めの行動。
この日から合流する別の友人の希望にあわせ、ホテルを移動。

で、その後も微妙な余り時間もひよって休憩などすることなく、魯迅公園へ。
現地の友人も初めてということでしたが、訪れた甲斐のある場所でした。

文学も世界史も真面目に勉強していないので、この人物については全くの無知なのですが。

没後五十年の写真とか、生誕百年の写真とか、生誕百十年の写真とか。
意味不明に小刻みなお祝いに、中国人民からの愛され度を実感しました。

後学のためにと、"阿Q正伝"を中英版で購入。

中英日のtrilingual版があればベストだったのですが…。
それなら中英版と中日版を買えっていう話なんですけどね。


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紅葉@上海


その後、もう一人の友人と合流し、上海老街と豫園へ。
昨日も流れ着いていたのですが、まぁ豫園の庭園には入っていなかったし、ということで。

豫園は、四世紀以上前の田舎官僚の私邸とは思えぬ立派さでした。

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コイン裏の脱脂綿で表面張力ギリギリまで酒を注ぐくらいショボい仕掛けですが…

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豫園にて。太湖石は、旅行中いたるところで見かけることに

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豫園にて。基本はこういった庭園です


花茶で一服して、外灘を軽く散歩した後。
いよいよメインイベント、上海蟹を堪能しに現地友人お勧めのレストランへ。

変な話ですが、接待(?)されながら、自分も頑張らなきゃと思いました。

彼はウェイターさんと中国語で妙に意気投合していましたし、
食事もお酒もナイスコーディネートでしたし。

特に後者は、自分にはまだまだ足りていないスキルですので、ね。

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上海蟹。紹興酒の甲羅酒は4杯くらいいったような…


夜の外灘を散歩し直して、フェリーで対岸へ。
で、駆けつけ三杯のごとく、アイスバーで軽く一杯。

この場に揃った日本人3人ともが酒好きという時点で仕方無いですね…。

さすがに人工の氷点下ですが、これは日本でも未体験の世界。
何となく、ウォッカを飲みつづけるRussianの気持ちがわかりました。


20071210_6.jpg
著者近影(苦笑)


最後は、シャングリラホテルのバーにて、対岸の灯りを眺めながらお酒をいただきました。
これだけ対象物と距離感の無い夜景は、初めてです。

日本ではまずありえない、酔いどれライフ2日目でした。


20071210_7.jpg
どうしてもガラスの映りこみが…

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